やむをえず私たちは、ヘルパー、訪問看護婦、保健婦、社協職員らが、できるだけひんぱんに訪問し、訪問時だけでも座らせようということになった。
私たちは、いま、寝たきりになるかどうか、という危機的状況にある人のところには集中的に関わる。
「特別扱いは困る、平等でなければ......」などと行政の人はすぐ言うが、特別な状態の人に特別に関わるのは当たり前のことではないか。
誰であれ、ほんとう困っているときに親身になって関わりましょう、というのが本当の平等であり、誰にでも同じサービスしかしないというのは平等ではなく画一的というのだ。
しかし、いくら訪問してもだんだん、とりとめがなくなってくる。
「麻痺も重いし、本人もやる気があるどころかポーッとしています。家族も協力的じゃないし......」
ふつうなら、あきらめるところだろう。
だが、この町のスタッフはあきらめない。
目の前でみすみす老人が寝たきりと呆けになっていくのに、何もしないわけにはいかない、という気持ちのほうがふつうだ、と言われればそのとおりです。
その"ふつう"が全国に通用するようになるといいのだが。